「アスルラル・サドシ-2011」の始まりと本田孝一氏(大東文化大学教授、アラビア書道家)の個展
建物の一つひとつが歴史の息吹にあふれている古都ブハラに、世界中から何千人という人びとが集まった。
今年、ブハラはウズベキスタン文化・芸術フォーラム基金とユネスコのウズベキスタン駐在事務所が主催する第4回伝統文化祭「アスルラル・サドシ-2011」の舞台となった。
4月30日朝、ファンファーレの音が伝統文化祭を彩るイベントの始まりを告げた。ブハラの歴史地区の道では、18の民族舞踊の団体と世界中から集まった伝統文化祭の来賓がにぎやかにパレードを行った。
アルク城からリャビ・ハウズまでのブハラの歴史地区は、伝統文化祭のイベントの中心会場となった。古い東洋の建築物が残るこの歴史地区では、刺繍や漆の細密画、陶器、人形、宝飾品、絵画、織物、絨毯、食器、楽器などの伝統工芸品の職人による作品が展示された。特に、金の刺繍がほどこされた衣服が広く紹介された。ブハラは、まさに金刺繍の芸術が盛んなことで、世界中に知られている。ブハラの刺繍職人たちの腕は、世界でも有名で、金の刺繍を使った作品は、ウズベキスタンの真の宝であるとされている。この伝統文化祭には、ブハラやそれ以外の地域から約100人の陶芸家や織り手、画家、鋳造工、宝飾細工人などが集まり、自身の工芸作品を紹介した。
歴史的な街全体で行われた大々的なパレードは、伝統的なフォークロア調のカラーを全面的に出したものとなった。各地方に特有の民族衣装に身を包んだアーティストたちの列が「生きた川」のようにアルク城から流れていった。アーティストたちは、歌ったり、踊ったり、楽器を演奏したりしながら、伝統文化祭の客たちを歓迎し、パレードに巻き込んでいった。
今年、伝統文化祭の参加者は、古き時代に触れ、その時代を実際に肌で感じるすばらしい機会を得ることができた。伝統文化祭の初日、ウズベキスタンの学者・考古学者のグループは、「アスルラル・サドシ-2011」の全参加者を対象として、新たな歴史的施設である何千年も前の浴場に関するプレゼンを行った。この古い浴場は、マゴキ・アトリ回教寺院とトキ・テリパク・フルションの間にある。すでに2ヶ月にわたって、ブハラの学者たちは、ウズベキスタン科学アカデミー考古学研究所と協力して発掘を行っている。近いうち、ここには新しい観光名所が誕生する。
伝統文化祭の初日に、もう一つ見どころとなったものがある。それは、アブドゥラジズハン・メドレセで行われたクラッシュの大会で、これにはウズベキスタン全土から約100人の若きアスリートたちが集まった。クラッシュの戦いは、チムールの時代からアブドゥラジズハン・メドレセで行われていたため、今回の開催場所は象徴的なものとなった。クラッシュの大会の哲学は、人間主義や勇気、不屈さ、対戦者への尊敬の念など、ウズベク国民を常に結んでいる精神である。大会のフィナーレには、世界チャンピオンやアジアチャンピオンなどベテランのクラッシュ選手が舞台に登場し、若い世代のためにデモンストレーションを行った。
ウズベキスタン芸術アカデミーの協力を得て、ノディル・ディバンベギ・メドレセで開催された日本のアラビア書道家・本田孝一氏の個展は、「アスルラル・サドシ-2011」に調和したものとなった。本田孝一氏は、日本アラビア書道協会の会長であり、大東文化大学の教授であり、世界でも有名なアラビア書道家である。青や赤、黄色で彩られたピラミッドを背景にしてコーランの一節が綴られた傑作「神の顔」を含む、いくつかの作品はイギリスの大英博物館に常設展示されている。
野外イベントや伝統的な遊び、綱渡りの大会、民芸品の市場、民族舞踊団のパフォーマンス、ワークショップ、展示会、プレゼンなどのイベントは、東洋の祭典らしいまたとない彩りを作り出し、楽しく盛大に「アスルラル・サドシ-2011」の初日を飾った。

本田孝一氏とT・クジエフ氏(ウズベキスタン共和国美術アカデミー総裁)



